6月議会の一般質問では4つのテーマを取り上げたのですが、最後のテーマ「自治体は何のためにあるのか」のまとめをアップするのを忘れていました。今後、少しシリーズ化して考えていきたいと思っているテーマで、初回は「地方創生の光と影」としました。
2024年6月、内閣府は「地方創生10年の取組と今後の推進方向」を公表しました。地方創生は、人口減少への対応や地域活性化を掲げ、全国の自治体に創生戦略や人口ビジョンの策定を求めてきたもので、東村山市も例外ではありません。
しかし、この10年を振り返ると、地方を重視するように見えながら、実際には国が示すメニューに自治体が追随し、計画づくりに追われてきた面も否定できません。地方創生が、新たな中央集権や国家統制の手段になっていなかったか。この点は、多くの地方自治研究者が指摘してきたところです。
元福島大学教授の今井照さんも、近著『自治体は何のためにあるのか』の中で、自治体の本来の役割について鋭く問い直しています。今井先生は、私が議員2年目だった2004年に東村山市議会の議員研修で講師を務められた方でもあり、私にとって地方自治を体系的に学ぶきっかけを与えてくださった存在です。
今回の質問では、東村山市が進めてきた公民連携について、現時点での評価と課題を確認しました。
市は、公民連携によって生み出される公共的価値について、単なる経費削減や効率化にとどまらず、市民生活の質の向上、安全安心の確保、地域のつながりの維持、公共サービスの持続可能性を高めることにあると答えました。児童クラブの延長保育、市民講座やイベント、高齢者の見守り、ネーミングライツなどを例に挙げ、一定の公共的価値の向上につながってきたとの認識が示されました。
一方で、市は「公民連携は行政責任を民間に委ねるものではない」「効率性や経済性のみを優先するものでもない」とも答弁しました。
私が懸念しているのは、公民連携が進むほど、事業の規模が大きくなり、契約期間が長期化し、内容が複雑化することで、議会や市民から見えにくくなることです。たとえば包括施設管理のような事業は、効率化の効果が期待される一方で、どの事業者がどのような関係で関わっているのか、行政がどこまで主体的に判断しているのかが見えづらくなる危険があります。
次に、内製能力について確認しました。国が次々と計画策定を求め、自治体がコンサルタントに依存して対応してきた結果、自治体職員自身が課題を把握し、政策を立案し、説明する力が弱まっていないか、という問題です。
これに対し市は、政策判断の主体はあくまでも市であり、民間事業者に地域課題の設定や政策判断を委ねるものではないと答えました。市が自ら市民ニーズを把握し、政策目的を設定し、庁内調整や住民との対話を行い、実施後の効果を検証して改善につなげる力が不可欠だ、という答弁でした。
これはとても大事な点であり、ぜひすべての職員の皆さんが常に胸に置いてほしいと思っています。
さらに、政策形成過程の可視化についても尋ねました。市は、事業結果だけでなく、どのような課題認識に基づき、どのような選択肢を検討し、なぜその手法を選択したのかを、市民に分かりやすく説明することが重要だと答えました。民間事業者のノウハウや競争上の地位に配慮しつつも、可能な限り市の判断を明らかにしていくとのことでした。
最後に、民主的統制について確認しました。公民連携であっても、政策判断の主体と最終的な説明責任は市にあります。そして、その妥当性をチェックする役割を持つのが議会です。議会による審議、市民への情報公開、利用者の声の反映、事業評価と見直しが機能して初めて、公民連携は公共性を保つことができます。
今井照さんは、「自治体のミッションは、今日と同じように明日も暮らし続けることを市民に保証することだ」と述べています。私も、本当にそこに尽きると思っています。
新しいことに挑戦することは大切です。財源確保や効率化も避けて通れません。しかし、政策の起点は、国のメニューでも、民間事業者の提案でもなく、市民の暮らしと声であるべきだと考えています。
「自治体は何のためにあるのか」
この問いを置き去りにしたまま、効率化や公民連携だけが進んでしまえば、自治体は誰のためのものなのかが見えなくなります。議会もまた、市民の多様な声を代弁し、最終的な決定に責任を持つ機関として、その役割を果たさなければなりません。
今回は、その入口として「地方創生の光と影」を取り上げました。9月議会では、この続きとして、さらに具体的な論点を掘り下げていきたいと考えています。