第65回 社会教育研究全国集会に参加して(前編)

社会教育は民主主義の土台であることを、あらためて考えた二日間

8月2日・3日、小平市の白梅学園大学で開催された第65回社会教育研究全国集会に参加しました。

参加のきっかけの一つは、萩山小学校建て替えに伴って萩山公民館のあり方が大きな論点となっていることです。しかしそれ以上に大きな理由は、私にとって社会教育は、63年間の人生の原点とも言えるものだからです。

1969年、日野市の多摩平団地に育って日野第五小学校の1年生となった私は、たまたま近くに前年開館した日野社会教育センターの体操教室に通い始めました。以来、子ども会活動や夏のキャンプや冬のスキー、中学生・高校生の自治活動等に参加を続け、学生スタッフを経て大学卒業後は職員として1999年夏まで社会教育の実践に携わりました。

最後はあまりよい形で離れたわけではないので複雑な思いを抱えた時期も長くありましたが、振り返れば、その時代に培った経験や価値観、人との出会いは、2003年から市議会議員として23年間活動してきた現在の私の土台となっているのだと感じています。住民自治、市民参加、対話、学び合いといった、私が大切にしている考え方は、まさに社会教育の実践の中で育まれたものであり、それがNPO法人多摩住民自治研究所の一員として現在も活動していることも含め、今に繋がっているのだと最近とみに感じるようになりました。

今回の全国集会は、その原点とも言える社会教育の世界に改めて身を置く機会であるとともに、当時お世話になった長澤成次さん(現・千葉大学名誉教授)や菊池一春さん(元・北海道訓子府町長)をはじめ、これまで大きな影響を受けてきた方々と再会し、お話を伺うことのできる貴重な機会でもありました。多くの示唆を得られる2日間であり、久しぶりに参加して本当に良かったと思っています。

「考える力を手放さない」という基調提案

基調提案で多摩研理事長でもある荒井文昭さん(都立大学名誉教授)が一貫して訴えたのは、「社会教育は生涯学習サービスではなく、憲法が保障する『学習する権利』を実現する営みである」ということでした。

社会教育の目的は、知識や技能を身に付けることだけではありません。一人ひとりが考える力を育み、対話を重ね、主権者として社会に関わっていく力を支えることにあります。だからこそ、公民館や図書館、博物館などの教育機関は、単なる公共施設ではなく、民主主義を支える基盤として位置付けられるべきだという提起でした。

特に印象に残ったのは、「考える力を手放さない」という言葉です。

公共施設の統廃合や専門職員の減少によって、地域で学び、語り合う場が失われつつあること。自治体職場でも多忙化や非正規化が進み、現場の声が政策に届きにくくなっていること。そして、「何を言っても社会は変わらない」という無力感が社会全体に広がっていること。これらは単なる行政運営の問題ではなく、民主主義そのものに関わる問題であるという指摘は、大変重いものでした。

「自治体改革と社会教育」が問いかけたもの

初日午後の課題別学習会は、第1「自治体改革と社会教育」に参加しました。

まず姉崎洋一さん(北海道大学名誉教授)から、「社会教育を揺るがす制度改革の今日とその力学」と題して「自治体改革は何を変えようとしているのか」というお話がありました。

姉崎さんは、現在進められている自治体改革を、単なる行政改革ではなく、社会そのものの構造変化の中で捉える必要性を指摘しました。人口減少やデジタル化、気候変動、軍事研究の拡大など、世界規模で社会が大きく変わる中、日本でも地方自治制度や教育制度の見直しが進められています。その一方で、市民が主体的に考え、地域を支える力が弱まり、「受け身の住民」が前提とされる政策が増えていることに強い危機感が示されました。

続いて上田幸夫さん(日本体育大学名誉教授)から「東京・三多摩の社会教育の蓄積と今日」と題して、1974年にまとめられた「三多摩テーゼ」の歴史と意義が語られました。

そこでは、公民館は単なる施設ではなく、

  • 学習の自由を保障すること
  • 専門職員が配置されること
  • 運営審議会による市民参加
  • 無料で利用できること

などを柱とする民主的な学習機関として位置付けられていました。現在、公民館再編が全国で進む中だからこそ、この理念を改めて見直す必要があるという提起でした。

3人目は、「夢のある図書館を創るきよせの会共同代表」の室澤準也さんから「清瀬市・地域図書館廃止計画に声を上げ、新市政を生み出した市民の運動」と題して報告がありました。

図書館廃止問題は、子どもたちの学びの場、高齢者の日常、地域コミュニティなど、市民生活そのものに大きな影響を与え、市民は約8,000筆の署名を集めて住民投票を求める運動を展開しました。住民投票条例は否決されたものの、市民運動は市長選挙へとつながり、新しい市政を誕生させる原動力となりました。「図書館を守る運動」が、市民自治そのものを問い直す運動へ発展したことは大変示唆的でした。

また同じく共同代表の関根美保子さんからの住民投票運動の報告は、今からちょうど20年前の2006年夏に私自身も携わった「東村山駅西口再開発」住民投票の経験を思い出させてくれ、胸を熱くしながら聴き入りました。

姉崎さん、上田さん、室澤さん、関根さんのお話は、「地域の公共性を守ることの重要性と、それを支える住民自治の可能性」を私たちはどう守り、発展させるのか、という問いに満ちていました。

1974年にまとめられた「三多摩テーゼ」は、公民館を単なる貸館施設ではなく、市民の学習権を保障する民主的な学習機関として位置付けています。専門職員の配置、住民参加を担保する運営審議会、無料原則など、その理念は現在の公民館を考える上でも色あせていないと感じます。

図書館や公民館は単なる行政サービスではなく、市民自治を支える公共空間であることを改めて考えさせられる時間でした。

東村山市への示唆

今回の学びを通して、ふと頭に浮かんだことがあります。

それは、私自身も重視してきた「市民参加・市民参画」と、「住民(市民)自治」との関係…というか、問題です。

市民参加・参画は、今や自治体の政策推進において当たり前のものとなり、東村山市の渡部市政19年間の市政運営においても、各種計画策定や、駅前整備や学校再編、公園整備などでワークショップやパブリックコメントなどが重ねられてインフラのようになったことは大いに前向きに受け止めてきました。それは今も変わっていません。

一方で、どこかモヤモヤしたものを感じるのは、その多くが個別事業ごとに実施され、その運営がコンサルタント会社頼みと思われることが少なくないことです。

自治体運営の「ため」に行われる市民参加・参画ももちろん必須であり重要ですが、市民一人からでも始まる住民自治の営みを保障するのもまた、自治体の大切な役割ではないか、と思うのです。

考察は「後編」の報告とともに行おうと思いますが、本当に大切なのは、「市民が自ら学び、考え、対話し、地域の課題解決に自ら行動する」ということではないのか?それはどうしたら可能となるのか?と2日間考えながら、様々なお話を伺いました。

(後編では、二日目の分科会や参加者との対話を通して考えたことをまとめたいと思います。)