2022年初頭に思う

明けましておめでとうございます。

年が明けて1時少し前、2年ぶりに地元の金山神社と廻田不動尊光明院へお詣りに。

金山神社
廻田不動尊

寒風吹く中、地元の社寺委員会の方たちが参拝者を迎えてくださいました。コロナ禍で地域のイベントがことごとく中止になったこの2年。今年こそは顔を合わせてできるよう、心をこめて祈ってきました。

明けて元日の朝。娘たちがそれぞれに夫くんの実家でお正月を迎えるようになって数年。朝起きるとTVでニューイヤー駅伝の中継をしているので、あ、元日だな…という感じで、お雑煮でせめてものお正月気分。

今日(2日)は年末に仕込んであった膾がいい塩梅にできたので、父と母の写真の前に供えました。父方の祖母からうちの母へと伝え残された佐藤家オリジナル的な料理が二つだけあって、その一つが大根と人参を千切りではなく短冊切りにし、鮭を加えたこの膾です。母が亡くなる数年前にレシピを教えてくれと言ったら、目分量だからそんなものはないよ、と笑っていました。

5月のコロナ入院で落ちた体重も体型も半年かけて戻り過ぎました。心身のコンディション管理は大きな課題です。

元日だけじゃ意味がありませんが元日すらやらなければ話にならないと思い、速歩きとゆるランを適当に繰り返しながら多摩湖を往復してきました。強風で白波が立つ湖面の向こうには真っ白な富士の嶺が。元日だけにならぬよう、戒めとして体重を公開しておきます。

1月2日の今日は、昨日と打って変わって風も無く暖かくて、堤の上にはランニングやサイクリングの方も多く、凧揚げをする親子も見られました。

年の初めに思うことを少し書き残しておきます。

自分と違う考えを「違い」ではなく「悪」と捉え、あらゆることを敵か味方か、与党か野党かで扱う議員が増えたここ2年半。東村山市議会は今、大きな曲がり角にあり、ここ10年の議会挙げての取り組みが水泡に帰しかねない大ピンチにあります。

それは同時に、私自身の姿勢…他者から謙虚に学ぶこと、違いに寛容であること、経験則や感情に走らず憲法や法律など客観的根拠を持った主張を行うこと…が問われていることであり、経過の中で反省することも多々あります。

議会はもともと議員たちが行政の追及と手柄合戦に明け暮れ、有権者に評判の悪いこと…増税や公共料金値上げや施設の廃止等は首長や賛成した議員のせいにするという「他責文化」が大手を振って歩いていたところです。

しかし、もはや右肩上がりの社会ではないので、誰が市政を担っても、良い話ばかりができるわけはなく、負担増や廃止等が避けられないことも明らかです。

「議論して決める」ことが議会としての最大の責務です。十分な議論を行った上で、最後は決めなければ前へ進めることはできません。話し合いが整わなければ決めなくてよい、とする議員が増えていることも大変気になっています。

議決する、議決したことに対する責任と、住民に対する説明責任を果たさなければ議会は要らないと言われる時代になっています。この危機感を議会内で共有し、変革を遂げなければいけない。そういう思いでここ10年、取り組んできました。

本気で変わった議会が全国にたくさんあり、今後はそうでない議会、自治体との差がどんどん広がっていくことになります。それは、住民にとっての幸福度の格差に繋がっていきます。

うまくいかないことは他者のせいにして、批判と追及さえすればよい、という無責任な議会をどうしても変えていきたい。

正義は10人いれば10通りあり、殆ど意味がありません。

正義より公正。JusticeよりFairness。

他責文化から自責文化へ。

今年も当事者の声をしっかり聴いて、自分で考え、動き、発信し、制度や環境の改善に繋げられるように努力していきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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