公明党東村山市議団の皆さんが主催する勉強会にお声がけいただき、念願叶ってようやくリアル井手英策教授に学び、直接お話する機会にも恵まれました。どうもありがとうございました。





それにしても、井手英策さんは激アツな方でした。
「こんなにみっともない社会じゃダメだ。分断線を全部壊そう。家族のような国をつくろう」
「権利を保障することで、結果的に経済格差が小さくなる社会を」
「運が悪いというそれだけで穴に落ちる社会の落とし穴をふさいでいく。困っている人を救済するという考え方を捨てる。職を失っても安全なネットを張りたい。結果として所得格差は小さくなっていく」
「人間の尊厳がすべてであり、目的。人間の尊厳を平等にすることこそが人間の使命。金持ちが憎い、というのは同じ土俵に乗っている」
「弱者を助けるではなく、弱者を生まない。バラマキではなく責任の分ちあい」
「責任を分かち合い、喜びを分かち合う社会を!」
「暮らしの少しずつ会費を出し合いながら、誰もが安心して、いのちの心配をしなくていい社会にしたい。その道具が税金だ」
「税金を使いこなしてほしい。政治家は税金の話をするべき。貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会、とは、自他の幸福が調和する社会」
「税金の話から目を背けることなく、あるべき姿を」
現実から目を逸らして与野党揃って消費税の減税合戦に走り、出来もしない経済成長神話に明け暮れて遂には禁断の軍需産業国家へ自民維新政権が舵を切った状況等に絶望を感じてきた者としては、井手英策さんの一つひとつ腹落ちする言葉に、意を強くし、勇気をもらった思いがしました。
中でも心に刺さったのは、『所得ごときで、「人間の扱いを変えさせてたまるか」という思い』という言葉でした。
井手英策教授が現在教鞭を執る母校で、私はかつて社会保障論の中鉢正美教授のゼミ生として落ちこぼれそうになりながらも学び、「高齢化社会と教育」と題した卒論を何とか書いて社会へ出ました。
あれからちょうど40年。
人は何のために生きるのか、私たちは何のために生き、私はなぜ政治の世界にいるのか?
広がり続ける格差社会、分断社会、自己責任論社会を、基礎自治体の場でどう変えていけるのか?「ベーシックサービス」を自治体政策の中でどうしたら実現できるのか?
最近しょっちゅう考えている「自治体は何のためにあるのか?」という問に重ねて、自分なりに詰めて行こうと思います。